2016.05.15 新卒採用 就職 転職 自分のために仕事をすることは良いか悪いか?
キャリタスの調査
求人情報サイト「キャリタス」が運営する情報メディア「キャリタスプレス」で、興味深い記事がありました。参考記事には2017年卒の就職活動を行っているキャリタス登録者に対してアンケートを実施し、「どの企業に就職がしたいのか」ということや、「どんな働き方の価値観を持っているのか」というデータがまとめられています。
参考:「人気企業ランキングに投票した就活生の働き方は◯◯優先!?」
https://career-tasu.com/media/shukatsu-companyranking2-0509/
今回のキャリタスの調査は、個人的な問題や現実的な価値観に重きを置いている学生が多めであるという調査結果となりました。仕事をするのは何のため?という項目では「夢よりも生活のため」「世の中よりも自分のため」「収入は高い方が良い」という傾向にあることが分かり、どんな働き方が理想かという項目では「仕事よりも私生活を優先したい」という学生が75%を超えました。先ほど個人的な価値観に重きを置いていると書きましたが、「個人よりもチームで仕事がしたい」という価値観をもった学生が多いということを考えると、正確には「自分の生活はしっかりしつつ、人との関わりは持ちながら仕事に向き合いたい」という学生が多いという結果になっています。将来はどうしたいかという項目では、「転職は考えたくない」「国内で働きたい」というふうに答えた学生の割合が多く、環境の変化を避けたいという学生の意識がみられます。
甘えとみるか、仕方ないとみるか
「世の学生は甘いなー」とみるか、「いや妥当でしょう」とみるかですが、私は両方です。社会人1年目ですしまだ1ヶ月と少ししか経っていませんから「甘えるな!」なんて学生に言える立場じゃありません。むしろ私が「甘えるな!」と言われる方の人間であるということは重々承知ですが、それでも「自分のことを考えすぎかな」と思ってしまう調査結果でした。というのも、「仕事」は本来自分のためにするものではないという価値観を持っているからです。自己満足で何かをやってお金を貰えるということはありえません。ご飯を食べてお金を稼いでいる芸能人だっているじゃないか!と言われるかもしれませんが、「ご飯を食べて、カメラに向かって視聴者がこの料理は美味しそうだなという表情を作り、感動の声を出し、美味しさをウィットに富んだ言葉で表現する」という立派な仕事です。自分のためにご飯を食べていたらこういうことはしない訳です。当然お金ももらえません。ブログで稼いでいる人は全て自分のために記事を書いているのでしょうか。どういう形であれ世の中に有益な情報を発信しているから、価値ある情報であると思う人が多くなり、広告収入なりが増える訳です。人のためになることでなければ仕事として成立しないはずですが、「世の中のためよりも自分のため」に仕事をしたいと考えている学生が多いということは、就活生が社会人になった後のメンタルが心配です。
また、このような結果になることが仕方ないという意見でもあります。理由は「普通への憧れ」です。「普通への憧れ」というのは今まで「安定志向」というふうに言われてきた価値観と近い意味だと思ってください。でもこれって非常に「自分中心」の考え方です。「普通への憧れ」「安定志向」というのは、要するに「生活に困らないようにしたい」という欲求です。収入が安定せず生活に困ることを嫌だ!と思うことは悪いことでもなんでもありませんし、むしろ人間として当然の意見だと思います。マズローの自己実現理論で言うところの第2段階「安全の欲求」が脅かされるわけですから、貧乏な暮らしを想像するだけで心理的に余裕がなくなるでしょう。ですが「普通への憧れ」というのは、この「安全の欲求」を満たすことで終わっているのです。第3段階「所属と愛の欲求」、第4段階「承認欲求」を満たそうとするとき、「普通への憧れ」を持ちすぎている人は「安定」という価値観の中でこれらを欲求します。すると「生活を安定させなければ所属と愛の欲求も承認欲求も満たされない」という価値観になってしまいかねません。
普通の収入を得て、普通に結婚して、普通に子どもを産んで、普通に老後を迎えるという従来の社会に蔓延している価値観にがよしとされてきたため、多くの学生が「普通への憧れ」を抱いてしまいます。親の世代まではそれができる世の中でしたから、我々もそのように生きるのが一番だ!と教えられてきたのです。しかし年金は貰えないだろうし、子どもの教育費はさらに高くなるし、税金はあがっていき、TPPはどうなるかわかりませんが本格的に動き出せばアメリカの企業は日本で商売がし易くなりますから、単純に考えて商売敵が増えるわけです。多様な価値観を持つことを要求される時代に、「普通の幸せ」を持つことはむしろ「辛いこと」です。どんどん普通に生活していては食べていくことが難しい世の中になっていくのです。今までの普通に流されて理想を形成していた人の思い通りにいかない社会になっていきます。
自分のために仕事をすると辛くなる
自分のために仕事をすることがいかに辛いかということについて考えてみます。仕事をすることは全て自分のためになるわけですから、「辛い」と思ったら即、辞めたくなります。最悪の場合、労働規約に則った方法ではなく、ある日突然職場にいくことを辞めてしまうという手段を取ってしまいます。「他人のために働くのだ」と思っていれば即辞めようとはなりません。一度「辞めたい」と思ってしまうともう仕事が嫌で嫌で仕方がなくなると思います。しかも「ここで仕事を辞めたら生活費も稼げないし、親、友人、先輩や後輩に示しがつかない…」と仕事を辞めたときのデメリットを自分中心で考えるようになっていしまいます。これでは会社のためにならないのはもちろん、自分の為にもなりません。嫌な仕事を続けている理由が生活費を稼げない状況は嫌だ、他人からの信頼や好意が失われるのは嫌だという「安全の欲求」と「所属と愛の欲求」の欠如への恐怖というダブルパンチを受け続けることになるわけです。どんなに自分が面白そうだ!と思って入った会社でも、「普通の生活をしたい!」「安定志向でいたい!」「仕事は自分の為にやればいいのだ!」と思っていると、ミスが重なったり、上司や取引先のお客様から怒られたりすることによって、これらの欲求が満たせないかもしれないと不安になるのです。これはものすごく辛いことです。
自分の為にお金を稼ごうとすると辛くなる
自分の為に仕事をすると辛くなるというところにも関わってくる話ですが、お金の為だけに仕事を選ぶことは非常に危険な考え方です。仕事をするのは何のため?という項目で「高収入であることにこだわる」という調査結果が得られていますが、よく見るとその前の項目で「生活のため」「自分のため」と答えている人も同程度の回答率です。どのような分布になっているかは憶測でしかありませんが、おそらく「高収入」にこだわる理由は「生活や自分の時間を充実させるために高収入になりたい」という考えを持っている人たちが多いのではないかという予測を立てました。「生活や自分の時間を充実させるために高収入になりたい」という考え方ということは、「お金が無いと自分の生活や自分の時間を充実させることができない」という考え方につながってしまう可能性のある危険性があるということです。すると、お金が手に入らないと自分の生活がいかにみすぼらしいか、お金持ちの人と比べていかに自分たちが負け組なのかという視点でしか世の中を認識することができなくなってしまいます。これはものすごく辛いです。
私は自分のお金で学費と生活費を工面しながら夜間大学に通っていました。常にお金が無い状態でした。学生時代にお金がなくて困ることは、「友達と遊べ無い」ということです。自分の生活費のことしか考えられず、交通費も無駄!申し訳ないけど自宅から学校までの定期券内以外のところには遊びに行けません!とまで公言していたりしてました。自分で大学に行こう!と思ってそういう生活を選んでいたのにもかかわらず、常にお金が無いお金が無いと貧乏を嘆き、世の不平等を恨んでいました。不平等な世の中が悪い!と本気で思い込み、自分が不平等な世の中でどう生きていくかということを考えることはありませんでした。常に自分のため、生活のためにお金を稼いでいたため、そのためのお金がなくなる=飢えや自分のしたいことができなくなる!と本気で思っていました。お金を稼ぐ範囲も「自分の生活を維持するためだったらいい。それ以上働きたくない」と思っていました。それではお金が入ってくるはず無いのです。
そもそも単純に考えてみましょう。お金の使い道を自分の私利私欲につかうのと、世の中のために使うのと、どっちがより多くのお金が必要ですか?当然後者のはずです。自分の興味ある事業に投資してみたり、応援したいNPO法人やボランティア活動に出資したり、アニメゲームマンガ家がクリエイティブな活動をするために必要な環境を整えたい!というような夢を掲げたのならどれだけのお金を手に入れなければならないのか想像できません。自分のためにお金を稼ごうとすると、お金がなくなった時辛いうえに、こうしたより多くのお金を得ようとする意欲も体力も生まれ無い可能性が高いのです。
人のために仕事をする
(画像はこちらのサイトから引用)
「企業とは営利組織である」という認識はドラッカーによって否定されています。多くの人は資本主義において企業という組織は営利第一の組織であり、それが是認されているという考えをもっているのではないでしょうか。極論を言ってしまえば詐欺集団も含まれてしまいます。もちろん法律の範囲内での営利組織という認識だと思いますが、法律の目を擦り抜ければいくら金儲けをしても良いということになってしまいます。そうではないのです。ドラッカーによれば「企業とは顧客が価値を決めるもの」であり、企業の目的は「顧客の創造」です。営利組織に終わっている組織の目的は「営利の追求」ですが、企業はそうではありません。もちろんお金を稼ぎ利益を上げることは企業を運営する以上絶対に必要ですが、お金を儲けるためにお金を儲けるのでは意味がありません。高い利益を出すことは、それだけ大きく社会に貢献する機会を得られるということです。その視点があるからこそ、利益追求が認められるわけです。人のためにならないことでお金儲けをしているのが詐欺集団であり、法律で罰せられてしまいます。企業の存在そのものが「人のために存在する」ものである以上、そこで何かしらの行動をとるということは、自ずと「他人のために働く」という視点が嫌でも必要になってきます。「他人のために」というのは奴隷になれというのではありません。言いなりになって奴隷のように働くことは企業にとっても社会にとってもデメリットです。「他人のためになることとは何か」を考えれば奴隷のような働き方はできないはずです。就活生の皆さんはぜひ、「自分のために」ではなく、「他人のために」働くという視点を持って就職活動を乗り越えてください。
記事を読んでいただきありがとうございました!
求人情報サイト「キャリタス」が運営する情報メディア「キャリタスプレス」で、興味深い記事がありました。参考記事には2017年卒の就職活動を行っているキャリタス登録者に対してアンケートを実施し、「どの企業に就職がしたいのか」ということや、「どんな働き方の価値観を持っているのか」というデータがまとめられています。
参考:「人気企業ランキングに投票した就活生の働き方は◯◯優先!?」
https://career-tasu.com/media/shukatsu-companyranking2-0509/
今回のキャリタスの調査は、個人的な問題や現実的な価値観に重きを置いている学生が多めであるという調査結果となりました。仕事をするのは何のため?という項目では「夢よりも生活のため」「世の中よりも自分のため」「収入は高い方が良い」という傾向にあることが分かり、どんな働き方が理想かという項目では「仕事よりも私生活を優先したい」という学生が75%を超えました。先ほど個人的な価値観に重きを置いていると書きましたが、「個人よりもチームで仕事がしたい」という価値観をもった学生が多いということを考えると、正確には「自分の生活はしっかりしつつ、人との関わりは持ちながら仕事に向き合いたい」という学生が多いという結果になっています。将来はどうしたいかという項目では、「転職は考えたくない」「国内で働きたい」というふうに答えた学生の割合が多く、環境の変化を避けたいという学生の意識がみられます。
甘えとみるか、仕方ないとみるか
「世の学生は甘いなー」とみるか、「いや妥当でしょう」とみるかですが、私は両方です。社会人1年目ですしまだ1ヶ月と少ししか経っていませんから「甘えるな!」なんて学生に言える立場じゃありません。むしろ私が「甘えるな!」と言われる方の人間であるということは重々承知ですが、それでも「自分のことを考えすぎかな」と思ってしまう調査結果でした。というのも、「仕事」は本来自分のためにするものではないという価値観を持っているからです。自己満足で何かをやってお金を貰えるということはありえません。ご飯を食べてお金を稼いでいる芸能人だっているじゃないか!と言われるかもしれませんが、「ご飯を食べて、カメラに向かって視聴者がこの料理は美味しそうだなという表情を作り、感動の声を出し、美味しさをウィットに富んだ言葉で表現する」という立派な仕事です。自分のためにご飯を食べていたらこういうことはしない訳です。当然お金ももらえません。ブログで稼いでいる人は全て自分のために記事を書いているのでしょうか。どういう形であれ世の中に有益な情報を発信しているから、価値ある情報であると思う人が多くなり、広告収入なりが増える訳です。人のためになることでなければ仕事として成立しないはずですが、「世の中のためよりも自分のため」に仕事をしたいと考えている学生が多いということは、就活生が社会人になった後のメンタルが心配です。
また、このような結果になることが仕方ないという意見でもあります。理由は「普通への憧れ」です。「普通への憧れ」というのは今まで「安定志向」というふうに言われてきた価値観と近い意味だと思ってください。でもこれって非常に「自分中心」の考え方です。「普通への憧れ」「安定志向」というのは、要するに「生活に困らないようにしたい」という欲求です。収入が安定せず生活に困ることを嫌だ!と思うことは悪いことでもなんでもありませんし、むしろ人間として当然の意見だと思います。マズローの自己実現理論で言うところの第2段階「安全の欲求」が脅かされるわけですから、貧乏な暮らしを想像するだけで心理的に余裕がなくなるでしょう。ですが「普通への憧れ」というのは、この「安全の欲求」を満たすことで終わっているのです。第3段階「所属と愛の欲求」、第4段階「承認欲求」を満たそうとするとき、「普通への憧れ」を持ちすぎている人は「安定」という価値観の中でこれらを欲求します。すると「生活を安定させなければ所属と愛の欲求も承認欲求も満たされない」という価値観になってしまいかねません。
普通の収入を得て、普通に結婚して、普通に子どもを産んで、普通に老後を迎えるという従来の社会に蔓延している価値観にがよしとされてきたため、多くの学生が「普通への憧れ」を抱いてしまいます。親の世代まではそれができる世の中でしたから、我々もそのように生きるのが一番だ!と教えられてきたのです。しかし年金は貰えないだろうし、子どもの教育費はさらに高くなるし、税金はあがっていき、TPPはどうなるかわかりませんが本格的に動き出せばアメリカの企業は日本で商売がし易くなりますから、単純に考えて商売敵が増えるわけです。多様な価値観を持つことを要求される時代に、「普通の幸せ」を持つことはむしろ「辛いこと」です。どんどん普通に生活していては食べていくことが難しい世の中になっていくのです。今までの普通に流されて理想を形成していた人の思い通りにいかない社会になっていきます。
自分のために仕事をすると辛くなる
自分のために仕事をすることがいかに辛いかということについて考えてみます。仕事をすることは全て自分のためになるわけですから、「辛い」と思ったら即、辞めたくなります。最悪の場合、労働規約に則った方法ではなく、ある日突然職場にいくことを辞めてしまうという手段を取ってしまいます。「他人のために働くのだ」と思っていれば即辞めようとはなりません。一度「辞めたい」と思ってしまうともう仕事が嫌で嫌で仕方がなくなると思います。しかも「ここで仕事を辞めたら生活費も稼げないし、親、友人、先輩や後輩に示しがつかない…」と仕事を辞めたときのデメリットを自分中心で考えるようになっていしまいます。これでは会社のためにならないのはもちろん、自分の為にもなりません。嫌な仕事を続けている理由が生活費を稼げない状況は嫌だ、他人からの信頼や好意が失われるのは嫌だという「安全の欲求」と「所属と愛の欲求」の欠如への恐怖というダブルパンチを受け続けることになるわけです。どんなに自分が面白そうだ!と思って入った会社でも、「普通の生活をしたい!」「安定志向でいたい!」「仕事は自分の為にやればいいのだ!」と思っていると、ミスが重なったり、上司や取引先のお客様から怒られたりすることによって、これらの欲求が満たせないかもしれないと不安になるのです。これはものすごく辛いことです。
自分の為にお金を稼ごうとすると辛くなる
自分の為に仕事をすると辛くなるというところにも関わってくる話ですが、お金の為だけに仕事を選ぶことは非常に危険な考え方です。仕事をするのは何のため?という項目で「高収入であることにこだわる」という調査結果が得られていますが、よく見るとその前の項目で「生活のため」「自分のため」と答えている人も同程度の回答率です。どのような分布になっているかは憶測でしかありませんが、おそらく「高収入」にこだわる理由は「生活や自分の時間を充実させるために高収入になりたい」という考えを持っている人たちが多いのではないかという予測を立てました。「生活や自分の時間を充実させるために高収入になりたい」という考え方ということは、「お金が無いと自分の生活や自分の時間を充実させることができない」という考え方につながってしまう可能性のある危険性があるということです。すると、お金が手に入らないと自分の生活がいかにみすぼらしいか、お金持ちの人と比べていかに自分たちが負け組なのかという視点でしか世の中を認識することができなくなってしまいます。これはものすごく辛いです。
私は自分のお金で学費と生活費を工面しながら夜間大学に通っていました。常にお金が無い状態でした。学生時代にお金がなくて困ることは、「友達と遊べ無い」ということです。自分の生活費のことしか考えられず、交通費も無駄!申し訳ないけど自宅から学校までの定期券内以外のところには遊びに行けません!とまで公言していたりしてました。自分で大学に行こう!と思ってそういう生活を選んでいたのにもかかわらず、常にお金が無いお金が無いと貧乏を嘆き、世の不平等を恨んでいました。不平等な世の中が悪い!と本気で思い込み、自分が不平等な世の中でどう生きていくかということを考えることはありませんでした。常に自分のため、生活のためにお金を稼いでいたため、そのためのお金がなくなる=飢えや自分のしたいことができなくなる!と本気で思っていました。お金を稼ぐ範囲も「自分の生活を維持するためだったらいい。それ以上働きたくない」と思っていました。それではお金が入ってくるはず無いのです。
そもそも単純に考えてみましょう。お金の使い道を自分の私利私欲につかうのと、世の中のために使うのと、どっちがより多くのお金が必要ですか?当然後者のはずです。自分の興味ある事業に投資してみたり、応援したいNPO法人やボランティア活動に出資したり、アニメゲームマンガ家がクリエイティブな活動をするために必要な環境を整えたい!というような夢を掲げたのならどれだけのお金を手に入れなければならないのか想像できません。自分のためにお金を稼ごうとすると、お金がなくなった時辛いうえに、こうしたより多くのお金を得ようとする意欲も体力も生まれ無い可能性が高いのです。
人のために仕事をする
(画像はこちらのサイトから引用)
「企業とは営利組織である」という認識はドラッカーによって否定されています。多くの人は資本主義において企業という組織は営利第一の組織であり、それが是認されているという考えをもっているのではないでしょうか。極論を言ってしまえば詐欺集団も含まれてしまいます。もちろん法律の範囲内での営利組織という認識だと思いますが、法律の目を擦り抜ければいくら金儲けをしても良いということになってしまいます。そうではないのです。ドラッカーによれば「企業とは顧客が価値を決めるもの」であり、企業の目的は「顧客の創造」です。営利組織に終わっている組織の目的は「営利の追求」ですが、企業はそうではありません。もちろんお金を稼ぎ利益を上げることは企業を運営する以上絶対に必要ですが、お金を儲けるためにお金を儲けるのでは意味がありません。高い利益を出すことは、それだけ大きく社会に貢献する機会を得られるということです。その視点があるからこそ、利益追求が認められるわけです。人のためにならないことでお金儲けをしているのが詐欺集団であり、法律で罰せられてしまいます。企業の存在そのものが「人のために存在する」ものである以上、そこで何かしらの行動をとるということは、自ずと「他人のために働く」という視点が嫌でも必要になってきます。「他人のために」というのは奴隷になれというのではありません。言いなりになって奴隷のように働くことは企業にとっても社会にとってもデメリットです。「他人のためになることとは何か」を考えれば奴隷のような働き方はできないはずです。就活生の皆さんはぜひ、「自分のために」ではなく、「他人のために」働くという視点を持って就職活動を乗り越えてください。
記事を読んでいただきありがとうございました!
新卒募集記事 採用情報概要とその他特徴について
このブログを書いた人
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山崎 翔太郎 » 詳細プロフィール
FF5の発売日に生まれたレトロゲーマー。ファミコン、スーファミが大好き。いつか自分専用のレトロゲーム博物館を作りたいと思っています。ゲームサウンドをこよなく愛し、自身も音楽制作を嗜む。アニメゲーム漫画以外ではB級映画やSFも好きです!!